男女雇用機会均等法は1985年に制定され、1986年に施行された法律です。
私が入社した1985年(昭和60年)はまさに男女雇用機会均等法スタートの年で、入社時には「まだ給与の男女差があった」と同い年の妻が言っていました。『雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保』がその内容ですが、法律ができたからと言って世の中が劇的に変わるわけではなく、少しずつ変わって行った印象です。ちなみにスチュワーデスが客室乗務員になり、看護婦さんが看護師さんに、保母さんが保育士になったのはこの法律によるものだそうです。
私が入社した会社の営業職はそれまで全員男性でしたが、なんと同期の中に初めての女性がいました。これはグループを含め全国で初めてだと聞きました。
当時の営業職は、営業手当の名のもとに皆夜遅くまで就業して(させられて?)いても残業申請は出来ませんでした。また当時はお客様の自宅での商談がほとんどでしたので、「大学卒業後間もない若い女性を、遅い時間にお客様宅に一人で行かせるわけにはいかない」と上司の命令で必ず同期男性が付いて行っていました。
その後も女性の営業職の採用は続いていますが、不動産(マンション含む)、リフォーム以外の新築営業を長く続ける女性はほぼいません。
平成初期のバブル崩壊以前は『一億総中流』社会で専業主婦が多い時代でした。勤めていた会社も当時は女子社員の結婚イコール寿退社で、三十路に近づくと肩たたきに遭うと聞いた事があります。ちなみに一億総中流とは『自分は中流階級』と思う日本人の意識で、9割以上いたそうです。
バブル崩壊以後は格差社会の時代となり、一部の裕福な人以外はなかなか所得が増えなくなりました。私が入社した36年前と現在の初任給はあまり変わっていないので、バブル崩壊以降増えている共働きはある程度仕方が無い事なのでしょうね。
また女性の産休・育休も、今では当然の権利でありながら、当時はなかなか取得する人はいませんでした。新しい世紀が目前になってから徐々に増えた印象です。特に2007年の改正でマタニティハラスメントが不利益取扱の禁止事項になってから普及したと思います。
ちなみに○○ハラスメントは30以上もあるそうですが、頭の固いオジサンにはなかなか馴染めません。
社員時代の私は販売資金という総務系の部門に属していましたので、『第一種衛生管理者』の国家資格を取らなければなりませんでした。資格の内容を簡単に言うと『労働者の健康を守る』役割です。詳細な内容はもうほとんど覚えていませんが、労災の防止など大切な内容で、自分自身が意識不足で身体障碍者2級になってしまったため、私も健康の有難さは人一倍分かっているつもりです。
健康には身体の健康と心の健康があります。個人情報なので社内でもごく一部の人しか知らないのですが、心のバランスを崩して退職する人が多いと聞いた事があります。心の病で退職する社員に営業職が多いのは自分自身25年の営業経験で理解出来ます。私も営業職時代は毎月毎月のプレッシャーで身体よりも心のほうが疲れました。まして結婚・出産・育児・家事と女性の負担は男性より大きいため、雇用機会は同じでも営業のプレッシャーを乗り越えて営業職で頑張るという女性は男性よりも少ないのでしょうね。
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